ホーム   »  スポンサー広告  »  スポンサーサイト   »  大震災  »  陸前高田市・動く七夕

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

陸前高田市・動く七夕

私の親友に、陸前高田市の太鼓グループのリーダーがいます。
K氏です。
子どもの頃、チリ地震津波を経験し、家に浸水したそうです。
その経験から新しく家を建てるときは、高台に決めていて、現在の住居は、避難所としてたびたび新聞テレビに登場する高田第一中学校の近くにあり、今回、津波による被災を免れました。
高田一中は、彼と私の母校でもあります。
さて、その彼から「動く七夕」の太鼓が欲しい、と支援要請がありました。
陸前高田市の七夕祭りは例年8月7日に行われます。
各町内から吹き流しなど七夕飾りの山車が引きだされ、太鼓を打ち鳴らしながら練り歩きます。
仙台など多くの町の七夕祭りは太い竹に飾りをつけ、商店街に並べられるのが多いのですが、山車を引きだすのはこの町だけではないでしょうか。陸前高田市は高田町と気仙町が大きな集落で、高田町の七夕山車は練り歩くだけせすが、気仙町のそれは山車をぶつけあうことから「ケンカ七夕」と呼ばれています。
いずれにしろ「奇祭」の部類に属しますね。
そして、山車の中では勇壮に太鼓が打ち鳴らされるのです。
陸前高田で開催される「全国太鼓フェスティバル」は、この七夕の山車の太鼓という背景があって始まったイベントなのです。ですから、太鼓フェスティバルを開催するには、七夕の太鼓の復活が欠かせません。
山車の中には、大太鼓と小太鼓が積まれていますが、その数に決まりがあるわけではないようです。
今回の津波で、山車と太鼓のほとんどが流されました。
K氏は、がれきの中から傷だらけの大太鼓を見つけ出し、大手の太鼓製造会社に修理をお願いしました。
会社では無償で直してくれたそうです。
しかし、1~2台の太鼓があっても、祭りは成立しません。
8月7日は、高田小学校の校庭に小型の山車をつくり、太鼓を打ち鳴らすそうです。
陸前高田市の七夕祭りは「鎮魂・祈り」の祭りでもあります。祭りの復活は市民の願いでもあるでしょう。
しかし、市役所も市民も、祭りに不可欠な太鼓を購入する資金はありません。人力に頼ることのできることは市民自らが行うにしても、義援金すら支給が遅れている現状の中で、太鼓購入資金を彼らがあつめることは至難の業です。彼自身も震災の影響で勤め先が大幅に業務を縮小し、7月からは失業者です。
太鼓購入の支援プロジェクトを立ち上げたいものです。
スポンサーサイト
コメント
26日盛岡駅前でうごく七夕
うごく七夕を応援しています。長砂組の相談にのってきました。表記の日にアピールに来ます。11時から滝の広場です。笛の支援をしている篠木神楽と共演です。
うごく七夕
私の友人も出演するそうです。
11時には滝の広場に行きます。
NHK福岡にて
心がとても痛みます。今テレビを見ながら涙がとまりません。皆さんの気持ちが、少しずつ前に向いてくれるといいなと思います。私は、突然の事故で父をなくしたので、悲しみの深さや・・トラウマで辛くなる事もあるかもしれません。今はまいにちを穏やかに過ごせるように祈っています。
頑張れ陸前高田
昨晩のNHKのTVには、心を打たれました、朝刊にもうごく七夕祭りの記事が載っていました、12台の山車が10台も流されたのに、復興を信じ、鎮魂の心をこめて5台の山車を観客もいない瓦礫の町へ、黙祷を捧げる人の目に大粒の涙が、私も泣いていました。がんばれ陸前
高田、頑張れ東日本  9月に炊き出しに参ります
トラックバック
トラックバック URL
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

坂田裕一

Author:坂田裕一
1952年12月13日生まれ。
B型いて座
岩手県盛岡市在住
大学時代から演劇活動を行い、現在も継続中。
劇団赤い風所属。
岩手県演劇協会会長。
日本演出者協会員。
NPO法人いわてアートサポートセンター副理事長。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。