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大震災

大震災
昨日、やっと自宅のインターネット&メールが復旧しました。
平成23年3月11日午後2時44分。
私はちょうど市議会常任委員会での補正予算審議にに臨んでいました。
最初は、短い軽い揺れからいきなり長い激しい揺れに変わり、停電。
委員長は休会を宣言し、私は室外で待機している館長補佐にすぐ館に戻るよう指示しました。
数分後、議会事務局長がやってきて、本日の議会を中止するということで私も館に戻りました。
市役所本庁舎は本年度から耐震改築をはじめたばかりで、1階が終了しておりました。
中央公民館は、平成23年度耐震診断の予定です。
昭和54年完成ですから少し心配です。重要文化財の商家や文化財クラスの築100年の南部家旧別邸や庭園があります。戻ってみるとそれほどの被害はありません。停電のほか、目立った被害なし。
ラジオからは盛岡震度6-という話と、大津波が発生したらしいとの情報が流れましたが、かいもく何がなんだが不明です。電話もつながりにくくなりました。
施設の点検を終えた職員が戻ってきて、老朽化と循環油もれで1週間後に取り換えを予定していた非常用発電装置も何とか動いて最後のご奉公をしています。利用者もほとんど帰宅。
職員の家族のこともありますので、まず、非常勤職員を帰宅させ、順次、職員も帰宅させました。
偶然、自宅に電話が通じ無事を確認。
私が帰宅したのは午後7時過ぎだったでしょうか。
信号が止まっているので、なんとも道路は怖かったですが、警察官は誰も出ていないのです。
おそらく手が回らないのでしょう。
帰宅途中、自宅近くの上田公民館に寄ると避難者でごったがえしていました。
中央公民館には誰も来なかったのですが・・・。
そうか!中央公民館は避難所に指定されていなかった、とあらためて確認。
しかし・・上田公民館は・・・、そうだ岩手大学のそばだから外国人留学生の避難所だった、と思い出したのですが、どう見ても日本人の若い男女なのです。館長さんに聞くと、一人暮らしの学生さんだ、というではありませんか。自宅に戻って気がつきました。
1Fはさほどではないのですが、私の書斎兼くつろぎの間と寝室、子供たちの部屋など2階は書棚・タンス等は軒並み移動し、本は散乱し、足の踏みいる場もありません。ましてや停電です。
中央公民館のある愛宕町は岩盤で比較的地盤が安定していますが、私の自宅や岩手大学・上田公民館のある上田・高松地区は田んぼの埋め立て地なので、地盤は少し柔らかいのです。
一人暮らしの学生はどんなに心細いことか。
でも、地盤が安定していて、部屋数も多く、和室も多い中央公民館は何故避難所にならないのでしょうか。
4月に赴任早々、部下に調べてくれと頼んだことがあります。
それによると中央公民館は、愛宕山の下にあるので、崖崩れが心配、との防災課の判断らしいとのことでした。その話を翌日朝、上田公民館の職員に話すと、「えっ、だって愛宕山はそもそも岩盤の山だから安全」というではありませんか。確かに愛宕山には、岩手県一のホテルも立っています。100年前の中津川大洪水でも中央公民館(当時は南部家別邸)は避難所になっているのです。雨による崖崩れも土砂の流失もなかったのです。避難所指定のやり方に疑問を覚えました。
その晩は、家族でロウソクを灯し、1Fの居間にで肩を寄せ合いすごしました。
ラジオからは刻々と被害の甚大さが伝わってきます。
しかし、恐ろしさがはっきりわかったのは翌日でした。
中学時代を過ごし、友達も住んでいるあの街が消えてしまったのです。
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プロフィール

坂田裕一

Author:坂田裕一
1952年12月13日生まれ。
B型いて座
岩手県盛岡市在住
大学時代から演劇活動を行い、現在も継続中。
劇団赤い風所属。
岩手県演劇協会会長。
日本演出者協会員。
NPO法人いわてアートサポートセンター副理事長。

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