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# いわて文化支援ネットワークの例会・ピアノ

16日、いわて文化支援ネットワークの例会が行われた。
遠くからゲストも参加した。国際交流基金からお二人、糸あやつり人形芝居結城座さんからお一人参加した。
いずれも被災地への文化支援の打ち合わせで来盛したもの。
「被災地でピアノを弾くことは迷惑をかけることになる」という衝撃的な話を聞いた。
楽器アシスト事業で、現在、すすめているプロジェクトだが、宮古市界隈で約100台のピアノが流されており、県全域だと数百台になるだろうか、音楽環境の整備が課題になっている。楽器アシストでは、中古ピアノの贈呈、電子ピアノの購入を計画しているが、内陸の方からピアノの寄贈を受け、沿岸へ送る手配をしていたところ、なんと「ピアノを弾くことによって、他の被災者に迷惑をかけるのではなないか」という声が出ているという。仮設住宅では音が漏れやすいので、電子ピアノを贈呈しヘッドフォンで演奏する。しかし、贈呈先は、被災していない大きな家に身を寄せているその家の孫。家族から、「他の迷惑に・・・」という声が出ているという。自分の家だけ、ピアノを弾いていいものだろうか、という気持ちなのだろう。
被災地の辛い思いが伝わる。
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陸前高田市・動く七夕

私の親友に、陸前高田市の太鼓グループのリーダーがいます。
K氏です。
子どもの頃、チリ地震津波を経験し、家に浸水したそうです。
その経験から新しく家を建てるときは、高台に決めていて、現在の住居は、避難所としてたびたび新聞テレビに登場する高田第一中学校の近くにあり、今回、津波による被災を免れました。
高田一中は、彼と私の母校でもあります。
さて、その彼から「動く七夕」の太鼓が欲しい、と支援要請がありました。
陸前高田市の七夕祭りは例年8月7日に行われます。
各町内から吹き流しなど七夕飾りの山車が引きだされ、太鼓を打ち鳴らしながら練り歩きます。
仙台など多くの町の七夕祭りは太い竹に飾りをつけ、商店街に並べられるのが多いのですが、山車を引きだすのはこの町だけではないでしょうか。陸前高田市は高田町と気仙町が大きな集落で、高田町の七夕山車は練り歩くだけせすが、気仙町のそれは山車をぶつけあうことから「ケンカ七夕」と呼ばれています。
いずれにしろ「奇祭」の部類に属しますね。
そして、山車の中では勇壮に太鼓が打ち鳴らされるのです。
陸前高田で開催される「全国太鼓フェスティバル」は、この七夕の山車の太鼓という背景があって始まったイベントなのです。ですから、太鼓フェスティバルを開催するには、七夕の太鼓の復活が欠かせません。
山車の中には、大太鼓と小太鼓が積まれていますが、その数に決まりがあるわけではないようです。
今回の津波で、山車と太鼓のほとんどが流されました。
K氏は、がれきの中から傷だらけの大太鼓を見つけ出し、大手の太鼓製造会社に修理をお願いしました。
会社では無償で直してくれたそうです。
しかし、1~2台の太鼓があっても、祭りは成立しません。
8月7日は、高田小学校の校庭に小型の山車をつくり、太鼓を打ち鳴らすそうです。
陸前高田市の七夕祭りは「鎮魂・祈り」の祭りでもあります。祭りの復活は市民の願いでもあるでしょう。
しかし、市役所も市民も、祭りに不可欠な太鼓を購入する資金はありません。人力に頼ることのできることは市民自らが行うにしても、義援金すら支給が遅れている現状の中で、太鼓購入資金を彼らがあつめることは至難の業です。彼自身も震災の影響で勤め先が大幅に業務を縮小し、7月からは失業者です。
太鼓購入の支援プロジェクトを立ち上げたいものです。

文化支援のお願い(北上フィル)

昨日12日は、北上市さくらホールで、北上フィルのチャリティコンサート「題名のある音楽会」に行ってきました。子どもの指揮者体験コーナーなどがあり、なごみのあるコンサートでした。なじみのある曲ばかりで、小さなお子さんも鑑賞OKの、観客も、ひょっとしたら演奏者もリラックスできたコンサートではなかったでしょうか。
さて、コンサートでは指揮者の寺崎さんから舞台に呼びこまれて、岩手の文化支援の協力をお願いしてきました。
演奏家も募金箱を持って、お開き口に並んでいただき、12万円強の支援金があつまりました。
北上の皆さんありがとうございました。
まだまだ、文化支援活動の展開には足りませんが、長い息で活動しなくてはなりませんね。
なお、音楽担当の寺崎さんがコーディネートしている楽器アシストプランでは、ピアノ1台と電子ピアノ1台が決まったそうです。この輪が広がるといいです。
また、学校音楽鑑賞アシストプランは、予定通り、6月23日(洋野町)24日(野田村・普代村)で実施ですが、活動資金がまだ足りません。ご協力をお願いします。

いわて文化支援ネットワークのHPはこちらです。
http://ibsn.web.fc2.com/shienkin.html

支援金の口座は次のとおりです。
・みずほ銀行 盛岡支店(普通)1190698 口座名:いわて文化支援ネットワーク
・ゆうちょ銀行 店名【八三八】(普通)0808732 口座名:いわて文化支援ネットワーク
・岩手銀行 中ノ橋支店(普通)2044173 口座名:いわてアートサポートセンター文化支援

黒森神楽

震災で被害を受けた民俗芸能が気になっていました。
宮古の黒森神楽は国の重要無形民俗文化財に指定され、ファンも多い民俗芸能です。
1週間前ダンス&演劇のプロデューサー・花光潤子さんが宮古市を訪れ、神楽衆を訪ねました。
聞くと、人も衣装・道具も無事だったが、神楽宿に被害が出ている、とのことだったそうです。
黒森神楽は、毎年、農閑期には岩手の沿岸(久慈~釜石)を巡業するのならわしで、舞いを披露し宿泊するところを神楽宿と呼んでいます。沿岸地方が壊滅的な被害を受けた岩手ですので、神楽宿が無事であるはずはありません。花光さんは、ニューヨーク公演の企画を温めているそうです。来年のお話らしいのですが、それで、復興に役立てればと語っていました。その話を聞いていて、はた、と気付きました。伝統的な神楽宿が復活するまで、盛岡に神楽宿を立てれないか、と。芸能は、他の表現と同様、「場」がなければ継承できません。
盛岡では、かつて2度ほど黒森神楽を招いたことがあります。1回目は私が盛岡劇場に勤務していたころですから15年ほど前。2回目はプラザおでってが出来て2年目でしたから、10年近く前になるでしょうか。
1回目はアサヒプロダクツの阿部さんの紹介で盛岡劇場の主催。2回目はプラザおでっての市民企画の助成金を活用して市民有志が企画しました。
昨日、2回目の宮古訪問を終えられた花光さんと盛岡駅近くでお会いし、頼んでいた盛岡の神楽宿についての神楽衆の意向をうかがいました。盛岡に行ってもよい、とのことだったそうです。
なんとか実現したいものです。

友人の安否判明

震災は、岩手県沿岸地方の被害が甚大で、まるで原爆か大空襲の後のように街が消失しています。
中学時代の親しい友人夫妻が陸前高田に住んでいて、ずっと安否を気にしていましたが、昨日、やっと生存を確認できました。友人は、海岸から離れている職場でいたので、津波を免れて無事。家も無事とのこと。友人の奥さまは小学校の校長先生で、学校は津波の被害を受けましたが、間一髪で児童を引き連れ避難して無事。でも、親の行方のわからない児童もおり、しばらくは児童とともに避難所にいるそうです。友人は陸前高田の太鼓グループのリーダーです。いつの日か、何もない街の真ん中で、激しく太鼓を打ち鳴らし、復興ののろしをあげる彼の姿を是非、みたいと思います。
プロフィール

坂田裕一

Author:坂田裕一
1952年12月13日生まれ。
B型いて座
岩手県盛岡市在住
大学時代から演劇活動を行い、現在も継続中。
劇団赤い風所属。
岩手県演劇協会会長。
日本演出者協会員。
NPO法人いわてアートサポートセンター副理事長。

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